さすが横溝、最後の大どんでん返しが秀逸
「上海氏の蒐集品」（横溝正史）
（「横溝正史ミステリ
短編コレクション⑥」）柏書房
「上海氏の蒐集品」（横溝正史）
（「死仮面」）角川文庫
割烹旅館の
手洗いの窓から見える、
浴室へ続く渡り廊下。
そこに見えた人影に
上海氏は驚愕する。それは
彼が見守っていた少女だった。
男と並んで歩く少女の姿は、
すでに十分成熟していることを、
上海氏は
認めざるを得なかった…。
かつて旧角川文庫から
最後に刊行された長篇作品
(ジュヴナイルを除く)が
｢死仮面｣(1984年)でしたが、
それに併録されていたのが本作品です。
横溝の最後の作品(1980年発表)として
知られていますが、
執筆されたのは
それよりかなり以前のようです。
探偵は登場しませんが、
上海氏のたどった数奇な運命が、
横溝作品らしさを強く感じさせます。
文脈から考えると
作品の舞台は昭和38年。
列島全体に開発の嵐が
吹き荒れていた時代です。
そのような時代の空気を背景に、
価値観が入り乱れ、逆転している様子が
描かれているところが
味わいどころでしょうか。
【主要登場人物】
上海太郎
…画家。戦争で記憶を失う。人間嫌い。
古池亜紀
…上海氏が仲良くなった少女。
古池類
…亜紀の母。戦死した夫を憎んでいる。
古池信太郎
…類の夫。戦争から帰還せず。
現場監督
…K団地建設現場監督。亜紀の情人。
小説家
…上海氏を支援していた。
上海氏が目撃したのは、
四年前から親しくしていた少女。
貧しいために
一時は進学を諦めていたのですが、
上海氏が学費を
援助しようとしていた矢先に、
彼女の母親の所有する土地が
開発のために高値で買い取られ、
裕福な身の上となったのです。
しかしそれが原因で
親子ほど年の離れた男と
関係を持っていることに、
上海氏は打ちのめされるのです。
その母親はというと、
こちらも二十も年下の青年と
情事にふけるのですから、
浅ましい限りです。
しかも大金を得たにもかかわらず
守銭奴となり、
財産を娘にも知られぬよう隠匿します。
それが事件を生み出すのです。
そこで起こる殺人事件は
いたって単純であり、
とてもミステリにはならないのですが、
横溝の仕掛けは
上海氏そのものにありました。
さすが横溝、
最後の大どんでん返しが秀逸です。
上海氏がなぜ
少女をかばおうとしたのか、
上海氏が少女に
愛おしさを感じながら
なぜ恋愛感情とならなかったのか、
上海氏がなぜ少女の考えと行動を
読むことができたのか、
そもそも上海氏とは何者なのか、
すべてが最後の数行で
解き明かされるのです。
ぜひ読んで確かめてください。
角川文庫版も絶版となって
二十年ほどが経過していましたが、
2018年6月に本書
｢横溝正史ミステリ短篇コレクション｣
第6巻に収録され、
再び読むことが可能となりました。
横溝正史の全作品が
いつでも読める状態となることを
願っています。
※柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション
⑥空蟬処女」収録作品一覧
白い恋人
青い外套を着た女
クリスマスの酒場
花嫁富籤
仮面舞踏会
佝僂の樹
飾窓の中の姫君
覗機械倫敦綺譚
花火から出た話
物言わぬ鸚鵡の話
マスコット綺譚
恋慕猿
Ｘ夫人の肖像
八百八十番目の護謨の木
二千六百万年後
空蟬処女
玩具店の殺人
頸飾り綺譚
劉夫人の腕環
路傍の人
帰れるお類
いたずらな恋
上海氏の蒐集品
（2018.8.8）
〔追記〕
角川文庫版｢死仮面｣が
2022年5月24日に復刊されました。
本作品はこれで再び
文庫本でも読めるようになりました。
（2022.5.28）
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